動画:火山の神ジオサイト「霜神社(霜宮)」

霜神社(霜宮)の住所: 熊本県阿蘇市役犬原
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火山の神ジオサイト「霜神社(霜宮)」について

阿蘇市の役犬原地区の湧水群の側にある神社です。
阿蘇神社の摂社の下宮(霜宮)でもあります。
祭神は火焚き神事の鬼八と他に、天の七星という話もあります。
お宮の近くに「天神」と呼ばれる、火焚き神事の中で御神輿(おみこし)が立ち寄る特別な聖地があります。昔隕石が落ちた場所で、ご神体はこの隕石をであるとも言われます。


国の重要無形民俗文化財【火焚き神事】

10歳前後の幼い火焚き乙女が火焚殿に籠って59日間火を焚き続け神事で、その間は一歩も外には出ていけないという決まりがあります。
昭和三十年代までは学校にも行かず、先生が火焚き乙女の為に火焚殿まで来て授業をして、食事の世話、作法などを介添えの姥が行っていました。

火焚き乙女の火が鬼八の恨みを鎮める

火焚き神事の起こりの伝説。
阿蘇を開拓し、農業を伝えたとされる阿蘇大明神こと建磐龍命(たていわたつのみこと)が、弓を練習するために阿蘇五岳の杵島岳と往生岳の間に腰をかけて外輪山の大石めがけて弓を射っていました。
その矢を拾って、命の元に運んで居たのが”鬼八”と言う家来でした。命が弓を居ること九十九本、せっせと矢を運んでいた鬼八でしたが、百本目にして面倒くさくなり矢を命に蹴り返しました。
これに命は怒り、恐れて逃げる鬼八を追いかけて追いかけて、懲らしめて首を切ってしまいました。
これを恨んだ鬼八は「死んだら天に昇って、霜を降らせて五穀に害を与えてやる。」と呪って死にました、そして翌年から毎年阿蘇の谷には霜が降り、大変な被害を農作物に与えました。
阿蘇の民は苦しみ困った命は鬼八に「神として祀るから」と許しを請いました、すると鬼八は「切られた首が痛むので暖めて欲しい」と願ったので、命はその通りに霜宮を建て、鬼八を祀り、今に至る火焚の神事を始めました。

火焚き神事の内容

8月19日

「乙女入神事」で始まり。御神体を神輿に乗せてお宮から火焚き殿に移します。
焚き続ける火の上にご神体を納めて、神官が火をおこし、火焚が始まります。
この日から10月16日までの59日間、消すこと無く火を焚き続けます。
火焚の為の薪は阿蘇中から集められていましたが、今では霜宮の氏子の役犬原、竹原地区以外からは「薪代」が納められるようになっています。薪や薪代を納めた家には霜よけの御札が配られます。

9月15日

寒くなってきたということで、ご神体を真綿(繭玉を伸ばしてワタにしたもの)でくるむ「温め入れ(ぬくめいれ)」が行われます。

10月16日

59日間に及んだ火焚きの火を落とす祭事「乙女上げ神事」が行われいます。59日間暖め続けたご神体を、お神輿に乗せてお宮に戻します。

10月17日

一切の神事をせずに休む「中休み」になります。

10月18日~19日

18日から19日の朝にかけて「夜渡(よど)祭」が行われます。お宮でお祭りをした後、神楽殿に積み上げた薪に火を着け、朝まで燃やし続けます。
夜の8時頃に、七本の幣帛を持った神官、火焚乙女、氏子の順で列を作って静かに天神の地に行き、祝詞が奏上されます。行きは音をたてずに、帰りは太鼓囃子を鳴らしながら戻ります。
神楽殿に戻り、神楽殿の周囲を時計回りに七周周り、神楽殿に入って幣帛を戻した後に神楽がはじめられます。

阿蘇古代神楽

神楽は男性の神職が舞う阿蘇の古代神楽で、古い巫女舞を思わせる神楽と言われています。
この神楽を途中三度の休憩を取りながら、繰り返し朝まで一人で舞い続けます。二回目、三回目、そして最後の舞の後に、神職と乙女がお宮脇の湧き水を被り身を清めます。(現在は乙女は最後の時だけ被ります)禊(みそぎ)が終わった後、神官と乙女は幣帛の前に座って、神官が「霜づかぬ 代々の神業 秋かけて 乙女の籠る 今日は来にけり」という神楽歌を唄い納めます。

祭りの終わり

その後、神官が幣帛で一晩焚き続けた火を小さく掻き均して、乙女と二人で火渡り五周を行います。その後、幣帛の前に置いた太古に神官が座って乙女と一緒に三献を行って、これが終わると祭りの初めと同じように天神の地に行き、そこでお祭りが終了します。
祭りが終わった後、焚き火の灰を参拝者が霜焼け等のご利益があるので家に持ち帰ります。

この霜神社(霜宮)の火焚き神事は、阿蘇神社、国造神社の祭りと一緒に、「阿蘇の農耕祭事」として国から重要無形民俗文化財の指定を受けています。


霜神社(霜宮)について

旧社格等:村社 
御祭神:天神七柱(天津神、天の七星、霜神、鬼八天)

御由緒(一部)

 阿蘇の中心地大字役犬原の地に、元の村社で阿蘇神社の摂社である霜神社の御いわれは、遠く紀元前二千五百数年前御本社阿蘇神社の御祭神である、健磐龍命(たていわたつのみこと)がお始めになり、国土経営の大業成りて、民人に生活の道を教え五穀をうえしめられる。
 ここに於いて土地開け民人育つ。されど寒霜早く降りて五穀みのらず大神これをうれえて霜の神をまつり、火たきの神事を起こして祈誓をなし、たまひしに霊感忽ちいたりて、風・雨・霜・雪よろしきを得、五穀ゆたかにみのり、民人の生活安定するにいたれり。
 これ霜の宮の起源にして二千五百有余年の間大神のおきてを守りて今日に至る。

霜神社(霜宮)の祭事

  • 八月十三日しめ卸し行事~火焚神事の始まり
  • 八月十九日乙女入神事
  • 九月十五日ぬくめ綿入れの祭
  • 十月十六日乙女揚神事~六十日間焚続けた火をおさめる。
  • 十月十八日夜度祭~終夜阿蘇古代神楽を神楽殿に於いて奏し祈願
  • 十月十九日例祭~年一度の例大祭で宮司以下神職斎戒の上奉仕する。
  • 十月二十九日満願日~霜延祈願の満願の日で神職、乙女、氏子代表者一同拝殿に進みて御祭りを奉仕、祈願を解く(満願の日)

参考文献
・『阿蘇の農耕祭事』 一の宮町教育委員会 1984
・平成「祭」データ、神社本庁教学研究所研究室編


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